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   福岡が誇る陶器「高取焼」

  福岡を代表する陶器「高取焼」のルーツは朝鮮半島にある。高取焼の始祖は八山(やさん)という人物。日本名は高取八蔵(はちぞう)。朝鮮出兵の際に黒田如水・長政親子に見出され、日本に連れてこられた朝鮮人陶工である。黒田家が筑前に入ると八山は鷹取山麓の永満寺(えいまんじ)宅間(たくま)に窯(かま)を開くことを命じられ、慶長5年(1600)に日本での陶器づくりをスタートさせた。やがて窯は内ヶ磯(うちがそ)や白旗(しらはた)山など時代とともに転々と移されていくが、作陶時期や窯場により、「古高取」、「遠州(えんしゅう)高取」「小石原高取」などと呼び分けられている。当初は藩主の愛用品や幕府・諸大名への献上品・贈答品として上質の茶器がつくられていたが、後には日用の実用陶器もつくられるようになり、高度な技術が受け継がれながら今日にいたっている。