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   第13回連合共進会

  連合共進会が催されたのは、1910年(明治43)3月から5月までの60日間。会場は福岡城の外掘である肥前堀の埋め立て地、因幡町の一部を合せた約10万平方メートルだった。本館、第2号館、特許館、音楽堂、鏡張りで高さ約20メートルの水晶塔などを建設。出品は九州各県もとより、台湾などからも行われ、その総数は5万5千点以上、会期中の入場者は延べ91万人を超えた。この共進会に際して福岡市では道路の新設や拡張が進んだ。博多区千代―中央区今川橋間と博多区の博多駅―築港間を建設。那珂川と博多川に新しい橋を架け、共進会開催の2日前には、わずか5ヶ月の突貫工事で福博電気軌道株式会社による市内電車が開通した。また港の整備、博多駅舎のリニュ―アル、迎賓館に使用した西中洲の県公会堂の建設も行われ、東中洲が博覧会客の歓楽街となり福博の街は一変する。共進会終了後、会場一帯は県庁や警察署、市役所などが立ち並ぶ官庁街になった。