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   香椎宮の浜鳥居

  浜鳥居は香椎宮の一の鳥居であり、木造として本宮創立と同時に造立された。その位置も頓宮下の海浜にあったと考えられる、福岡日日新聞、明治33年(1900)10月29日号外「香椎巡啓」の記事に「・・・眺望能き一の鳥居右側即ち頓宮の高所には・・・」と表現されている。 この浜鳥居は藩主・黒田光之公(3代目)が天和2年(1682)に30石の寄進を行い、その頃海辺に木造鳥居を造立されたという。宝暦2年(1752)8月2日、藩主・黒田継高公(6代目)は先に光之公造立の木造鳥居が朽壊したので、新に石鳥居一基を以て改造したが、その後崩壊したので文化元年(1804)2月10日に藩主・黒田斉清公(10代目)が再建されたが、銘は宝暦建立の旧慣によってそのままを模された。前身の継高公の浜鳥居は本宮の裏道にあたる古宮に至東口に移設されている。現在の浜鳥居は明治22年(1889)九州鐡道(現JR鹿児島本線)が敷設されるとき、浜鳥居及び石階段が線路に関わるので石段及び鳥居を後退させて建てられた。『糟屋郡志』には「浜鳥居は大正八年土地有志の手により再建せられたるなり」とある。